CMでおなじみのBostonです。

ボストン(Boston)はアメリカのロックバンド。実態はトム•ショルツ

 

1947年3月10日生まれ、ドイツ系アメリカ人

 

ディープ•パープルに代表されるイギリスのハードロックと、ジェネシスやEL&Pなどのプログレッシブ•ロックをアメリカ人ならではのセンスでポップに消化して大成功を収め、1970年代後半から1980年前半のアメリカン•ハードロック降盛のきっかけを作った。

 

トム・ショルツはアメリカ合衆国オハイオ州の出身。7歳からピアノを習い、マサチューセッツ工科大学在学中にギターを独学で覚える。大学卒業後はポラロイド社に就職しプロダクト・エンジニアとなった。仕事の傍ら、電気工学の知識を生かして自宅アパートに多重録音可能なスタジオを構築、そこで作り上げたデモ・テープがCBS Recordsに認められ、デビューの運びとなる。。このスタート時点ですでに、ショルツ側とレーベル側の思い違いがあったと(その後のことの成り行きを知っている現在からは)言える。デモテープを聞いたCBS側の担当者は「現存するあらゆる(ロック・ミュージック)作品の中で、最も素晴らしい作品である」と評価したと言われる[要出典]

アルバムの制作はショルツの完成度の高いデモ・テープの内容を、プロのスタジオのクオリティで忠実に再現することに費やされた。ブラッド・デルプボーカル以外はほとんどすべての楽器をショルツ自身が演奏しており、バンドのメンバーはデビューにあたってライブ活動を行なうために集められた。当初はライブ活動のことは念頭になかったショルツであるが、アルバムの発売に合わせてツアーを敢行することでプロモートとし、アルバムの売上を確実なものへとするのが当時のセオリーであったので、当然ツアーはするものと考えていたレーベルの強い勧めに従って急遽オーディションを行ったと言われている[要出典]

再録音にあたっては、デモ・テープ同様ブラッド・デルプによりボーカルが付けられた(メインボーカルだけにとどまらず、ハーモニーやあらゆるコーラスはデルプによるもの)。またシブ・ハシアンとジム・マスデアによってドラム・パートが録音され、バリー・グドローによる印象的なリードギターも付け加えられた。それらの音源を持って、ショルツは自身のスタジオにこもりミックス作業に没頭する。しかしレーベル側からの「プロのクオリティで」という強い圧力はかかり続けた。Epic Recordsから立てられた音楽プロデューサージョン・ボイランはこの問題を解決するため、集められたバンド・メンバーによるレコーディングを「1曲だけ」プロのスタジオで行い、レーベル側の目くらましに利用したと言われる[要出典]。 全曲さまざまな音源を何重にも重ね、独特の分厚い重厚感を持たせた楽曲群だが、多重録音には不可欠と言われるリズムボックスすら一切使用せず、曲のテンポは全て「手拍子」で測っていた。ただしそのことにより、いわゆる「一発録り」的な迫力が生まれ、ほとんどショルツ一人の演奏であるにもかかわらず、あたかもビッグバンドであるかのような迫力あるサウンドとなっている。しかし、逆にショルツ一人が関わったミックス作業には、大変な労力が必要となった[要出典]

アルバム・ジャケットに刻印された「No Synthesizers Used(シンセサイザー使用せず)」「No Computers Used(コンピュータ使用せず)」という有名なクレジットは決してハッタリではなく、その綿密に手を加えられた音源と、膨大な時間と労力を費やしたミックス作業を物語るものである[要出典]

後の2006年、デビューアルバム『幻想飛行』発売30周年記念として、ショルツ自身によるデジタル・リマスターが『幻想飛行』『ドント・ルック・バック』の2枚のアルバムに施され話題となり、今の「CD時代」に合わせ音質は向上したが、そもそもこの「30年前の録音〜ミックスのクオリティの高さ」がかえって浮き彫りとなった。

1976年、こうしてできあがったファースト・アルバム『幻想飛行』は、シングル・カットされた「宇宙の彼方へ(More Than A Feeling)」と共にヒット・チャートを駆け上がる。アルバムは全米3位を獲得し、同年だけで100万枚を売り上げ、2003年までに通算1700万枚のセールスを記録、アメリカン・ロックの新しい時代を開く歴史的作品となった。

1978年、ツアーの合間を縫って慌ただしく制作されたセカンド・アルバム『ドント・ルック・バック』も全米1位の大ヒットを記録する。本作は各バンドメンバーのクレジットがあり体裁上はバンドの形を取っているが、実際には全てショルツの指示通りプレイされているなど完全にショルツのコントロールが行き届いていた。この意味で、当時のA.O.R.界を席巻していたスティーリー・ダンに近いと理解するのが正しいのかも知れない。

次作の発表が待ち望まれたが、完璧主義者のショルツのレコーディング作業はなかなか進まず、ついにはCBS Recordsに契約不履行で訴えられ長期間の法廷闘争に突入、ボストンの活動は一時停止する。数度にわたる洪水で地下のスタジオが水浸しになったとか、発明に没頭していたと噂は絶えなかった[要出典]

この間、ショルツはロックマン・ブランドのギター・アンプやエフェクターを開発・販売する。「これ一台でボストンと同じ分厚いギターの音が出せる」というのが特徴。中でもヘッドホンアンプはその手軽さからヒット商品となった。これらの商品開発でいくつかの音響工学関連の特許を取っている(現在はロックマンのブランドを他者に売却している)。さらには、「留守中の植物への水やり機」「絶対にチューニングの狂わないギター」など特許は数多くとっているという[要出典]

法廷闘争が決着しMCA Recordsへ移籍した1986年、アルバム『サード・ステージ』を発表。シングル・カットされた「アマンダ」が全米1位を獲得し、アルバムも2作連続で1位を記録。その後も悠々自適のペースでアルバムを制作、1994年に『ウォーク・オン』、1997年のベスト盤をはさんで、2002年Artemis Recordsから最新作『コーポレイト・アメリカ』を発表している。約30年のキャリアでオリジナル・アルバムが5枚しかないという寡作ぶりである。

全てのアルバムに「No Computers」とクレジットが入っていることは有名。「No Synthesizers」のクレジットはアルバム『ウォーク・オン』にて外された(「Living For You」でシンセサイザーによるストリングス=ストリングアンサンブルが使用されているため)。

2007年3月9日に元リードボーカルのブラッド・デルプが亡くなった。この時間デルプはニューハンプシャー州アトキンスの自宅に一人でおり、争った形跡などはなかったという。地元メディアのウェブサイトなどによると、デルプはボストンの夏のツアー・コンサートと自身の結婚に備えていた時期だったという。死の数時間後にはボストンのウェブサイトに"We've just lost the nicest guy in rock and roll."というシンプルな追悼メッセージが表示された。

14日、ニューハンプシャー州警察の発表およびロイター通信によるとが発表したところによると、遺体が発見された浴室には車の排気筒からホースが引き込まれており、検死の結果、デルプは一酸化炭素中毒による自殺であることが判明したgooニュースB・デルプ死亡続報記事

また、この件によって2007年夏のボストン全米ツアーは中止になったことがバンドからアナウンスされた。→代替メンバーによりツアーが再開されることがアナウンスされた。

2008年、ストライパーのマイケル・スウィートが参加しツアーを行った。

レビュー紹介
「コンピュータ使用せず」 
「シンセサイザー使用せず」 

今でも海外のロック・アーティスト達が、 
「魂込めて一生懸命やろう!」という合言葉として使っているこの名ゼリフ、 
このボストンが生み出した言葉です。 

実に30年も前に創り出された、このアルバムの音源のクウォリティの高さは、 
今回の丁寧なリマスターで、またも見事に証明されました。 
(既存のSACD盤よりも高音質だと思います) 

トム・ショルツ自身によるライナーノーツや、 
今回、初めて明記されたスタッフ・クレジットを見ると、 
「伝説」や「噂」の一端が解明されるオマケ付です。 
(日本盤は全て翻訳されてますし、紙ジャケなので、実はソチラがお奨めです) 

この音はどうやって創られたのか、この音はどういう行程でミックスされたのか、 
そもそも「この驚愕すべきサウンドは、なぜここにあるのか・・・!」、 
100メートル先からでも「あっ、ボストンだっ!」と判る、あのサウンド・・・ 

分厚いのに透明感があり、重厚なのに耳馴染みが良く、壮大なのに繊細なあのサウンドは、 
もはや聴いた人にしか判らない、 
まさに「More Than A Feeling(感覚を超越)」な、素晴らしき「体験」です。 

「産業ロック」などに分類されて過小評価され、 
確かに「ロックの殿堂」には入らないかもしれませんが、 
このファースト・アルバムは、確実に「ロック史上の名盤」です。 
(1000万枚を軽く超えるセールスも、それを物語っています) 

「本当にヒトの心を打ち、感動させる」モノは、 
安直な機械や、計算式から創り出されるモノではない!、という事を、 
是非、この機会に「体験」してみて下さい。 

ロックを愛し、理解しようとしていらっしゃる若い皆様にこそ、 
是非、聴いて頂きたいです。 
そして、ココロを込めて創ったモノは、時代を経ても古くならない、と思って貰えたら、 
古くからの一ファンとして、とても嬉しく思います。
 まず第一に、ボストンについて書かれているレヴューを読むと、ボストンを「プログレ」に分類しているものがありますが、それは間違いです。ボストンはロックはロックですが、これと言ったジャンルに配属出来ないタイプのバンドで、唯一無二のボストンサウンドを誇っています。 
 このデビュー作(の原型)は、フロントマンのトムショルツがマサチューセッツ工科大学を卒業し、とある有名なフィルム会社に就職した際、自宅のスタジオで録音したものです。驚きなのが、このような作品を1976年(と言ってもレコーディングには数年も拘って作ってますが)に、しかも、殆どたった一人で作り上げてしまっているということです。現代の技術では、このようなアレンジのこのようなサウンドをコンピュータやシンセサイザーで作ることも出来ますが、当時これだけの進んでおり、しかも、今聴いても微塵の古さも感じさせない作品を作ることができたことに脱帽します。 
 聞き所としては、ボストンの(トムショルツの)一番のトレードマークであろう「ギターオーケストレーション」でしょう。ギターを何重かに録音し、ハモさせたり、音に厚みを増したりする技術ですが、これの方法で一番有名なクイーンのブライアンメイに勝るとも劣らない素晴らしいサウンドに仕上がっています。 
 宅録思考(嗜好)のギタリスト、レコーディングエンジニアなどでこの作品を持ってない人は、必ず勉強になるので購入したほうがいいと思います。

もはやこの音は新譜である。さすがトムシュルツが一度発売を延期しても自らリマスターしただけのことはある。 
トムシュルツのコメントにもあったようにライブはベストテイクではないため結局未収録。私は、30年前のロングビーチのライブをFMからカセツトでエアチェック保存してあるが、貴重な音源とはいえ、冷静に考えれば完璧さを求めるトムシュルツがリリースするはずもない。レビューにだまされてLIVE音源を期待した自分はなさけないが、リマスター自体は完璧である。

名曲です

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